嵐!
朝、娘が「今日は嵐が来るよ!」なんぞと申しておりまして、私も年甲斐も無く、ジャニーズ襲来かと、まるで黒船来航のような心持ちになりましたが、なんの、なんの、大嵐が上陸致しまして、朝から社内業務に勤しんでおります。
さて、新年度の始まりでありますが、いつから?いや、何故?4月1日が年度変わりになったのか?ちょこっと興味を持ちまして、早速パソコンを叩いております。
遡ること150年余、明治維新の大混乱の頃であります。ちょんまげが数を減らし、文明開化の音が聞こえ始めた明治2年(1869年)幕府ならぬ政府は、国家資金の管理を明瞭にする為、西洋にならい、10月1日を年度始めと制定しました。その後コロコロと年度始めは変わり、1月1日、7月1日と変遷するのであります。何故か?と申しますと、1月は正月で忙しい。10月は収穫で忙しい。7月はもっと忙しい。・・・ってなことでありまして、今、東京大学がグローバル化の一環としまして、10月入学に向けて画策しておりますが、元々、帝國大學時代は秋入学でありました。
軍隊との人員争奪にありました政府は、優秀な若者を確保しようと、4月を年度始めにしたというわけであります。明治25年(1892年)には文部省指導の下、全国的に小学校4月スタートがスタートしたのであります。
ご存知のように、日本は農業国でありまして、今でこそ、自給率は40%と言われておりますが、昔は80%以上の自給率を誇っていたのであります。ちょっと前まで牛なんぞ食す日本人は皆無だったのでありますし、野菜ベース、魚ベースの食生活が永らく日本国民を支えてきたのであります。
そんなわけでありまして、農業の繁忙期に年度始めは、ありえないわけでありまして、サクラの咲く春に、落ち着いたわけであります。私なんぞは、生まれた時から50年、ずっと4月スタートでありましたから、4月スタート以外ありえないわけであります。
春と言えば、サクラのイメージがやっぱりマッチしているのでありまして・・・しかし、お花見もまだなのに、今日のこの天候で散ってしまったのでありましょうか?
だとしたら・・・・・日本中の男を敵にまわしたな!・・・・・嵐!(おまえばかりが何故モテる。)
不動産部 加藤一史